
今回は度々話題に挙げている森林セラピーについてご説明させていただこうと思います。
ところで皆さん、森林セラピーってご存じですか?
ほとんどの方が知らないと回答すると思いますのでそこから説明していこうと思います。
⒈森林浴から森林セラピーへ
森林浴とは「人間と森林等の自然環境間の同調による快適性増進効果を目指す行為」であると定義されています。森林浴という言葉は、秋山智英元林野庁長官のよる造語で、1982年の朝日新聞紙上において照会されました。しかし、生理的な評価法が確立していなかったため、数年前まで生理的データの蓄積は皆無に近いものでした。
最近では、急速に進展してきた生理的快適性評価手法の確立に伴いデータが蓄積されつつあり、それと共に「森林セラピー」という言葉が2003年に作られました。森林セラピーとは、「科学的エビデンスに裏付けられた森林浴効果」を意味し、既に定着していた「アロマセラピー」に準じて作られた造語です。
しかし、ここで、「セラピー」という表現に注意しなくてはなりません。本来、「セラピー」という言葉は、「治療」や「療養」を意味しますが、「森林セラピー」は、例えば、抗生物質が肺炎を治すような「特異効果」による「治療」を意味するものではありません。高すぎる緊張状態、強すぎる交感神経活動を鎮静化させ、生理的理リラックス状態をもたらすことを目指しています。その結果、低下していた免疫能が向上し、病気になりにくい体を手に入れることができるのです。
言い換えると、「森林セラピー」とは、「森林等の植物由来の刺激が、生理的リラックス状態をもたらすことにより、免疫能が向上し、病気になりにくい体になるという『非特異的効果』を意味しており、予防医学的見地に立った概念」なのです。
⒉森林セラピーと健康
現代のストレス社会を反映して、健康に関する関心は高いのですが、その定義は定まってはいません。そこで森林セラピー上での健康とは「個人が持っている、または持って生まれた能力を十分に発揮している状態」と定義しています。つまり、その状態は個人によって異なり、仮に先天的に身体的な障害があっても健康な状態は保たれるのです。重要なことは、前向きで建設的な人生を送るための方法あるいはプロセスであるという観点を持つことです。健康とは、「目的」ではなく「手段」なのです。
前述のように、現代に生きる私たちの体は自然対応用にできていると考えられています。自然対応用の生理機能を持ってながら、現代の都市化・人工化された社会を生きているため、常にストレス状態にあるのです。緊張状態にある私たちが森林セラピーに触れた時、生理的にリラックスし、人間としてのあるべき姿に近づくことによって、免疫機能も向上し、病気になりにくい体を手に入れることができます。森林セラピーはこのような「非特異的効果」を期待しているのです。
李卿(日本医科大学)を中心とした共同研究においては、森林セラピーによって低下していた免疫力が増強することが明かにされました。都内大手企業に勤務する中年サラリーマン30名について、まずNK活性(ナチュラル・キラー細胞活性:免疫機能で、特に抗がん作用の指標となる)を調べました。このうち、自覚症状はないものの、免疫力の落ちている「お疲れサラリーマン」12名を抽出し、森林セラピー基地へ金曜日の午前中に新幹線で移動し、1日目に2時間、2日目に4時間、計6時間の森林散策を行いました。その結果、NK活性が1日目に27%、2日目には53%増強し、正常値に戻ったのです。森林セラピーの「非特異的効果」が実証された実験例と言えるでしょう。さらに、翌年も再実験を実施しました。その結果、同様の効果を認めると共に、職場に戻ってから測定したところ、30日後においても森林セラピーを体験する前の値に比べ、統計的に有意に高いNK活性値を示していました。加えて、女性看護師を被験者とした実験においても同様の結果が得られており、男性にも、女性にも効果を持つことが明かになりました。
⒊森林セラピーと快適性
「快適性」は、学問領域においては、まだ定まった定義は確立していません。森林セラピー上では「人間と環境間のリズムの道長である」と定義します。私たちは、日常的にある環境下にいるとき、その環境と自分のリズムがシンクロナイズしていると感じていると快適な気分になります。例えば、講演者は長州が関心を持って聞いてくれていることを感じると話が弾みますが、居眠りしている人を見つけてしまうと話が詰まってしまうことをしばしば経験するものです。
「消極的快適性」は、安全や健康の維持を含む欠乏欲求であり、不快の除去を目的とします。故に、個人の考え方や感じ方が入ることがなく合意が得られやすいのです。それに対し、「積極的快適性」は、適度な刺激によってもたらされる成長欲求であり、プラスアルフアの獲得を目的としています。故に、同一人物であっても状況によってその志向は変化し、合意を得づらく、大きな個人差を生じることが特徴となるのです。
森林セラピーにおいて求められる快適性は「積極的快適性」です。もちろん、「消極的快適性」を保証することは、基本的な欲求として必要なことですが、森林等の自然と触れることにより、積極的にリラックスするという「積極的快適性」が志向されているのです。
私たちは、花や樹木等の自然に対して無意識に引き込まれることを経験します。これは今を生きる人間がヒトとなってからの500万年の間、自然の中で生活してきたことと関係しているのでしょう。ヒトとしてのこの経験が、人間と自然の同調をもたらし、快適さを生じさせると考えています。もちろん、個々人の価値観は遺伝子レベルの情報を文化、環境、個々人の経験等が修飾することによって遺伝子レベルで先天的に同調している為、自然と触れ合ったとき、人間としてあるべき姿に近づきリラックスするのだと考えられているのです。
⒋森林セラピーと感性
森林セラピー上では感性を「非論理的、直観的な能力の特性であり、その処理過程を言葉では表現することができないもの」と定義することとします。
自然と人間の関係を論じる場合も、上記した意味合いで使っています。非論理的、直感的、言葉では表現できないという点は、自然と人間を考える場合、そのまま適応できるのです。感性を介すると、論理的な思考や判断は存在せず、直感によって処理されるため、その過程や結果を解釈し直すことができません。当然、言葉で表現することは不可能です。森林セラピーによってリラックスすること、これは、私たちに遺伝的に備わっている非論理的で直感的な能力によるものと考えられています。
自然と人間は感性を介してシンクロ状態となりますが、その結果生じるリラックス状態や免疫機能の向上は、脳活動、自律神経活動、ストレスホルモン、NK活性等を市場とした生理評価システムによって明らかにすることができるのです。
⒌総論
1984年に誕生した「テクノストレス」という言葉に代表されるように、この25年間は更なる人工化に移行しており、それとバランスを取るかのように森林セラピーに代表される「自然」の有用性が見直されています。1982年に「森林浴」が造語されたのも、これらの流れと関係しているからでしょう。加えて、ここ数年の生理的免疫機能の向上効果が明らかにされつつあり、「森林セラピー」という概念の創出につながったのです。
森林セラピーは始まったばかりです。その未来には、多くの発展、可能性が秘められています。
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